自然の中の作品。作品の中の自然。
内藤礼 芸術家
光による陰影、風の揺らぎ、水の流れ……。見る時々で常に違う表情を見せ、気ままに変わりゆく自然を呼びこんだ、神秘的な作品を世に送り出すアーティスト・内藤礼。その作品のテーマは「地上に存在することは、それ自体、祝福であるのか」というもの。この独自の感性の原点は、何を作ろうとしているのかすら分からなかったと振り返る、卒業制作にあるという。
Profile
- 内藤礼(ないとう・れい)
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武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。芸術家。主な展覧会として、1997年「地上にひとつの場所を」、「Being Called」、2002年「地上にひとつの場所を/Tokyo 2002」、2003年「地上にひとつの場所を/New York 2003」、2009年「すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」がある。パーマネント作品として、「このことを」(ベネッセアートサイト直島)、「母型」(豊島美術館)がある。
人生を決めた卒業制作
私が美術の世界に目覚めたのは、中学3年のときでした。きっかけは美術の授業。中学2年までの美術の授業は、静物画などを描いてそれを先生が採点するだけの単調なもので、美術の楽しさや奥深さを感じるような時間ではありませんでした。しかし、中学3年で先生が代わったことで、授業の内容が変わりました。例えば、木版で年賀状を作ったり、ポスターを作ったり。なかでも、一番おもしろかったのが絵本作りでした。結局、あれが美術の世界に目覚めるきっかけになったかな。とにかく、あの時代は今ほど情報がなかったから、この授業を通して初めて美術の世界のおもしろさや多様性というものを知ったわけです。
偶然ですが、その先生はムサビの彫刻学科の卒業生でした。東京に美術を専門に学べる美術大学があるということを教えてくれたのは、その先生です。そして、私はムサビの視覚伝達デザイン学科に進んだのですが、当時はまだ、自分の未来像として今の私のような姿を想像することはありませんでした。というのも、私は中学3年で出会った美術の世界というものを、絵画でも彫刻でもなく、デザイン系のものとしてとらえていたから。大学の授業で課題を与えられて作ったものも、それが作品だという意識はあまりありませんでした。
その意識が決定的に変わったのが、卒業制作のときですね。あのときは、とにかく自分でも何をしているのか、何を作ろうとしているのかすらよく分からなかった。先生に何を作ろうとしているのか説明したときも、「平面になるのか、立体になるのかも分かりません。ただ、自分の精神的な居場所を作りたい」と言ったものの、結局は“よくわからないモノ”だったわけです(笑い)。でも、半年以上その制作に没頭し、結果的には周りの人たちの指摘があってはじめて美術作品として認識することになりました。そして、卒業制作展の後、及部克人先生(現名誉教授)に都心での展示機会を作っていただきました。それが、今の私の誕生だったといえます。
「地上の生」を考え続けて
作家活動を始めて現在に至るまで、私が作品のテーマとしてずっともち続けているのは、「地上に存在することは、それ自体、祝福であるのか」というものです。これは、卒業制作を作っているときからもっていたテーマなのですが、このように言葉にできるようになったのは、卒業してから数年後のことです。