デザインで世界の価値を塗り替える
柴田文江 インダストリアルデザイナー
児童向け携帯電話や家電、文具、家具、さらにはカプセルホテルや自動販売機まで手がけるインダストリアルデザイナー、柴田文江。ユーザー目線で考えつくされた的確な造形に定評があり、これまでグッドデザイン賞をはじめとする、数多くのデザイン賞を受賞してきた。そんな柴田が目指すものは、デザインの力で既存の価値観を超えた新しい価値を作り出すことだという。
Profile
- 柴田文江(しばた・ふみえ)
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武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科卒業。東芝デザインセンター入社、1994年にDesign Studio Sを設立。03年からグッドデザイン賞審査員を務める。07年にはドイツIFデザイン賞最高位金賞受賞。主な作品にオムロン「電子体温計けんおんくん」、au「ジュニアケータイ」、象印マホービン「ZUTTO」、キュービック「ナインアワーズ」などがある。
人生を切り開いた瞬間。きっかけはデザインコンペだった
すごく相性がよかったなって思っています。私とムサビって。理由は、まず低学年次に基礎演習をみっちりやれたこと。木工や金工、陶器など、とにかくいろいろな素材に触れることができたんです。おかげで視野が広がったし、手で触れることで色々と考えさせるところも絶妙。職業訓練のような課題が少なく、適度に自由なところが肌に合いました。あと、何よりよかったのが学友かな。クラスのほとんどが男子だったのですが、車が大好きでメカニックに詳しかったり、本当にインダストリアルデザインが好きな学生が多くて、すごく刺激を受けました。
当時の教授は、東京芝浦電気(現東芝)で電気釜をデザインした岩田義治教授。先生のご縁で、就職は東芝デザインセンターに決めました。でも、もともと独立志向が強かったので、3年ほどで独立。まだ若くて失うものがなかったから、それほど不安はありませんでしたが、独立したばかりの頃は大変でしたね。2年くらいはちゃんとした仕事がなくて、メーカーのお客様相談室に電話してデザイン部の連絡先を教えていただき、営業周りに勤しむ毎日。ところが話は聞いてもらえても、仕事につながったことは一度もありませんでした。それで、しみじみ感じたのは営業でデザインの仕事はとれないということ。よく考えたら当たり前ですよね。インダストリアルデザインって開発にお金がかかりますから、どこの誰とも分からない、実績のない若手に仕事をくれるほど甘くはないんですよ。
そこで目を向けたのが、デザインコンペ。その頃は今ほどインターネットが身近ではなかったから、ホームページ上で作品を掲載して自分の存在を知ってもらうこともできませんでした。最終的には、和歌山県の海南コンペに応募した、起き上がりこぼしの体重計『tumbler』がデザイン賞を受賞したことで、チャンスを得ました。最初に声をかけてくださったのは、家庭用品を作っている和歌山県のOKAという会社。そこで作った商品を見て、オファーをくださった企業も出始めて、ようやくデザイナーとして生きていく道が開けてきたんですね。
新しい価値を生み出すデザインの力
私たちの仕事は、ユーザーにとって真に豊かな暮らしを提案すること。同時に、それはメーカーにとって利益になるものを作らなくては成立しません。そのなかで、私が常に考えていることは、新しい価値を創造すること。別の言い方でよく、「ヒエラルキーを超えたい」と言っているのですが、要するに既存の価値観を超えたものを作りたいんです。
例えば、ダイアモンドは高価だとか、100年続いたこのブランドは素晴らしいとか、一般的に共通する価値がありますよね。こういう既存の価値観を、デザインによって超えたいと、私は思っています。時計に例えるならば、ロレックスも素晴らしいけど、スウォッチも大好きという人がいますよね。私も、もしお金持ちだったとしたら、両方持ちたいと思います。両者の値段の差は大きいですが、価値としてはどちらも高い。つまり、スウォッチはデザインによって値段以外の価値が生まれた結果、既存のヒエラルキーを超えたと言えるのではないでしょうか。