記憶の中に残る絵本を
いまいあやの 絵本作家
Profile
- 今井彩乃(いまい・あやの)
- 武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒業。絵本作家。イタリア「ボローニャ国際絵本原画展」で2003年はじめての入選、「MOE絵本屋さん大賞2010」で新人賞を受賞。主な絵本に2009年『いなかのネズミとまちのネズミ』(岩崎書店)、2010年『くつやのねこ』(BL出版)、2010年『チャッピィの家』(BL出版)、2011年『108ぴきめのひつじ』(文溪堂)がある。2012年6月には『イソップ物語 13のおはなし』(BL出版)を出版。
イタリア・ボローニャ国際絵本画展で03年~06年、09年度、12年度入選。その後、国内外で高い評価を受け、著作は数カ国語に翻訳され出版されている。繊細なタッチや丁寧な表現で注目を集める若手絵本作家、いまいあやの。自分の世界観と真摯に向き合ういまいにとって、絵本の中の世界は最も自由で、大切な場所だという。
自然に囲まれて過ごしたムサビ時代
私の父はインテリアデザイナーで、ムサビ出身です。母も大学時代にテキスタイルを専攻していて、二人は職場結婚でした。だから、子供の頃から美術に対する意識は強くもっていました。高校生の頃に通っていた河合塾美術研究所で、デッサンというものを初めて学び、その授業が楽しくて本格的に美大進学を決めました。ムサビでは日本画学科を選びました。当時の講師に「今井のデッサンは細かいから日本画が向いている」とアドバイスをいただいたからです。でも、同学年の塾生の間で日本画は人気がなく、私も最初はみんなと同じデザイン科を志望していました。結局、水彩、油絵といろいろ試したなか、私の場合は水を使う画材が一番肌に合ったので、間違いのない選択だったと思っています。
ムサビは豊かな自然に囲まれた環境が好きでした。鯉、鴨、猫などいろいろな生き物がいて、その頃から動物や風景、植物などを描いていました。現在、私が描いている絵本のキャラクターも動物が中心です。動物は何を考えているのか分からないのが魅力ですね。人間を描くより想像が膨らむので、キャラクター設定がしやすいんです。
ムサビ時代を振り返ると、サークル「五美術大学管弦楽団」での活動が、最も思い出深いです。学部や学科はもちろん、学校すら違う仲間が集っていたので、刺激的で楽しかったですね。卒業後もしばらくは友達と楽団を作って活動していました。卒業制作は、卒業旅行で行ったイタリアの風景を描きました。縦2m、横3mほどの大きなキャンバスを選んだので、仕上げるのがすごく大変でした。締切が近づいてくると、下宿部屋でも描いていたのですが、キャンバスが大きすぎて階段から運ぶことができず、大家さんに手伝ってもらってベランダから部屋に入れて、卒業制作に取り組みました。
人生の転機となったボローニャ国際絵本画展
- 『イソップ物語 13のおはなし』2012年
©いまいあやの/BL出版
- 『108ぴきめのひつじ』2011年
©いまいあやの/文溪堂
- 『チャッピィの家』2010年
©いまいあやの/BL出版
- 『くつやのねこ』2010年
©いまいあやの/BL出版
- 『いなかのネズミとまちのネズミ』2009年
©いまいあやの(絵)/岩崎書店
ムサビ卒業後、ステーショナリー系の会社のデザイン部門への就職を考えていました。しかし面接で「あなたは社長から青いものをピンクに変えろと言われたら、変えられますか?」と尋ねられたとき、躊躇してしまったんです。そのとき、わたしには商業デザインは向かないと気付きました。その後、ステーショナリー系の会社ではパートタイムで働きながら、自宅で制作活動ができるような環境を整えていきました。
絵本というものを最初に意識したのは、ムサビ時代に挿絵のアルバイトをしたとき。机の上で描けるサイズの絵を描いたのですが、その経験がすごく新鮮でした。同じ頃、友達からボローニャ国際絵本画展のことを聞いて鑑賞しに行ったのですが、このときプロアマ問わず誰でも応募できることを知りました。それで、2002年に初めて挑戦したのですが、このときは落選。しかし翌年以降、何度か入選することができ、最初に入選したときイギリスの編集者から「優しい感じの鉛筆の絵がとても気に入った、ぜひ出版したい」との連絡をいただいて出したのが、デビュー作『108ぴきめのひつじ』でした。当時は出版に関する知識がなかったので、デザイナーさんに「ノド」や「トンボ」といった基礎知識を教わりながらの作業で、大変だったことをよく覚えています。
現在、私の作品の中では『くつやのねこ』(平凡社/刊)が『2011年度版 この絵本が好き!』(別冊太陽編集部/編)で「2010年刊 国内絵本」の一位をいただいたり、『チャッピィの家』(BL出版)と『くつやのねこ』(BL出版)が『月刊MOE』(白泉社/刊)でMOE絵本屋さん大賞新人賞をいただきました。この二冊は、mineditionという出版社からも出ており、この会社を作った編集者、マイケル・ノイゲバウアーさんとは今も懇意にさせていただいています。このマイケルさんと最初に出した本は『チャッピィの家』なのですが、実は主人公である犬のチャッピィは、近所に住んでいた犬がモデルなんです。いつも寂しそうにしているのが印象的で名前もチャッピィなのですが、ご家族の方は絵本のモデルになったことをご存じないと思います(笑)。
絵本は自分にとって最も大切な世界
絵本の世界は、通常ではありえないことでもすべて許されることが魅力だと思っています。例えば「こんなところになぜ?」といった場所に雲を描いたとしても、絵本の世界なら許されますよね。また、子供時代に読んで感動したものは、おそらくその人の記憶のなかにいつまでも残っていると思うんです。消費されてその場限りで消えてしまうものではないですから、形としても残りますよね。人の記憶や、形として残るものにたずさわれるという意味で、絵本を作ることはすごくやりがいのある仕事だと思っています。
私も、子供の頃に読んだ安野光雅さんの絵本やビアトリクス・ポターのピーターラビットなどに夢中になった記憶がいまも残っています。大人になった私が、水彩に馴染みを感じるのは、子供の頃に彼らの作品から影響を受けたからかもしれません。ところで、私の場合は繊細なタッチで描いた動物の毛並や表情などに関して、評価していただくことがあります。しかし言い方を変えれば、今はどう描いてもそうなってしまうという面ももっています。「殻を破ってこうしたい」と思っても、現実はその通りになっていないことがよくあります。その点では、まだまだ精進しないといけないと思っています。もしムサビ時代に戻れるなら、アクリルなどもっといろいろな画材を試してみたいですね。大学時代はそういうチャンスがいっぱいあるので、現役の学生がうらやましいです。
ムサビを卒業し、社会に出て最初に壁を感じたのは、自分の作るものに対してあまり自我を出せないということでした。ムサビ時代は個性を磨き、自分らしい作品を思いのまま描くことができたし、それが評価につながっていったので自我を押し殺すということはありませんでした。しかし、社会ではいかにクライアントの意向に沿ったものを作りだせるかとういうことが優先されます。そのことにまだ馴染めない私にとって、絵本は唯一好きに描ける場であり、とても大事な世界になっています。