全国各地で活躍するマウジン2017 MAGUS

MAGUS (メイガス)
マジシャン
(1995年度 武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業)
1988年、オーストラリア建国 200 年祭にて、2,000 人の観衆の前で初舞台を踏む。
2016年末、BS-TBS にて2時間に及ぶ単独の冠特番を放送。2017年春には、NHK BS プレミアムにて 『進化 MAGIC EVOLUTION 〜人類英知の結晶! マジック4500 年の歴史〜』を制作。また 5 月には、国際マジック専門誌『バニッシュマガジン』に、16 ページにわたる巻頭特集として掲載された。
マジックの歴史とあらゆる手法を知り尽くしたパフォーマンスは、至近距離で演じるマジックから、大型のオートバイが出現するメガ・イリュージョンまで、マジック全域におよぶ。現在、世界 26カ国、数百名もの一流マジシャンをクライアントに持ち、用具製作・指導演出のマエストロとしても高く評価されている。このほど、その年に最も活躍したマジシャンが選ばれる「JAPANCUP 2018マジシャン・オブ・ザ・イヤー」と、さらにマジック界のアカデミー賞とも呼ばれる「MERLIN AWARD 2018 The Most Creative Magician」を受賞した。
Webサイト:http://www.magus.tokyo/

自分だけでなく、業界全体が満足できる環境づくりを

人体切断マジック

─マジックとの最初の出合いは。

僕は記憶がないんですが、親に言わせると、幼稚園のときからマジックをやっていて、「将来何になりたいか」という質問に「マジシャンになりたい」と答えていたらしいです(笑)。
覚えているのは、小学校低学年のころに母親が近所のイトーヨーカドーで買ってくれた、指の間でボールが増えるというマジックグッズ。箱を開けたら4つのボールが入っているだけで、タネらしきものは入っていない。驚いて、ジャポニカの百科事典で「手品」とか「奇術」の項を調べると、専門用語の「フェイクパス」という技の話が書かれていて、「なるほど、マジックはテクニックでやるものなんだ」と、その瞬間に学びました。
僕は函館出身なのですが、たまに親戚が住んでいる札幌に連れて行ってもらえるときがマジックグッズを買ってもらえるチャンスでした。小学3年生のときには、友達からハンカチを借りてインコを出していたんです。呼ぶと飛んでくるぐらい懐いているインコを飼っていて。
それでも美大受験のために上京し、プロのマジックを目の当たりにして、自分とのレベルの違いに愕然としました。それで、とにかく情報を仕入れ、技術を高めていきました。

かつては大道芸の行者によるパフォーマンスであった人体浮揚術を、近代奇術の父ロベール・ウーダンがステージ芸へと生まれ変わらせた。現代では観客自身をステージに招き、空中に浮かべることができる。

─そのときすでに将来はマジックを生業にしようと思っていたのですか。

いや、さすがに趣味のひとつで、まさか仕事にしようなどとは思っていなかった。ただ、オーストラリア建国200年祭の一環で万国博覧会が開催され、ジャパン・パビリオンに日本人アーティストが数名出場することになり、予備校で浪人しながらマジックショップに出入りしていた僕が、その舞台にたまたま抜擢されたんです。1988年のことです。
目の前には約2,000人の聴衆、後ろには16面のスクリーン。地球儀が浮いたり空中からトランプが出てきたりというようなステージマジックを披露しました。自分のことだけで精一杯で、周囲のことなんて記憶に残らないほど緊張したんですが、最初にこのような大きなステージを踏めたことで、マジシャンという未来像が見えたのは確かです。

愛車のハーレー・ダビッドソンを出現させるメガ・イリュージョン「アピアリング・モーターサイクル」は、MAGUSのトレードマーク・マジックでもある。

─ムサビで何か印象に残る授業などはありましたか。

実はテレビ東京で「ピラミッドを消す」というマジックの番組をつくることになり、2年休学したんです。湾岸戦争が起きて、結局その番組は潰れてしまったんですが。
その後復学し、卒業に必要な単位はこつこつと取りながら、映像学科の授業もモグリで受けていました。特にパフォーミングアートの授業で照明を使ったステージを学んだ影響は大きくて、現在の舞台照明は自分ですべてプログラミングしています。
あとは、初年度の自然科学概論で教わった自然界に数多く存在するフィボナッチ数列。花弁や種などの配列はものすごくシンプルなプログラムによって複雑な形が描かれている、というのが今も忘れられません。大学がムサビでよかったなと思っています。

約170年前、ロベール・ウーダンによってつくられた伝説のマジック「オレンジの樹」を現代的にアレンジし、復活させたオリジナル・アクト。

─現在のメインの仕事は。

ホテルなどの大広間に仮設ステージをつくって行う、90分程度のディナーショーや、30分程度で行う企業のプライベートパーティがメインです。あとは、他のマジシャンのための用具製作や演出指導など。実は僕の作品でひとつだけ有名なものがあって、ワインボトルのマジックなんですが、24カ国で販売しています。

─つくることはやはりお好きですか。

アイデアを具現化することは好きですが、正直つくるのは面倒くさい(笑)。なぜならとことん諦めない性格なので、何度も壊してはまたつくるということを繰り返してしまうから。とはいえ用具製作は自分の演技を良くしたり、事故率を下げたり、運用上のメンテナンスのためには必須なので、これからも日々つくり続けます。

MAGUSさん愛用のマジック・アイテム。

─ところで、ある外資系の出版社からMAGUSさん監修のマガジンが出版されるとか。

テスト販売を経て、まだ内容を再調整中ですが、1号目から3種類のマジックを会得できるようになっています。マジックの素養のない人でもできるようにしなければいけないので、準備に1年半ほど時間をかけました。
僕はこういった試みから、マジック業界のボトムアップをしていきたいと思っているんです。そこでまず、各アイテムはテンヨー(※)やマジックランド(※)などの老舗にオーダーして製作していただくことにしました。次に、マガジンにはマジックを見られる店、道具が買える店、活躍中の若きマジシャンについての情報を掲載することに。最後に、毎号3,000字程度ですが、マジックの歴史のページを自ら執筆・構成しています。マジックの歴史書は日本にはごくわずかしかなく、しかも数十年前のものなので情報がアップデートされていません。そこで、日本で最も正確なマジックの歴史書をつくりたいと思ったのです。
自分ひとりが儲けるのではなく、マジック業界が沸き立って底上げできれば、言うことありません。

(※前者は1960年設立の株式会社テンヨー、後者は1976年創業のマジックショップ。)

Will Goldstonによる『EXCLUSIVE MAGICAL SEACRETS』。マジックのネタの秘密を守るため、もともと施錠された状態で販売されている。

─今後の展望は。

自分自身と、一緒に組んでショーを行っている女性3人組のマジシャン「プリマベーラ」の演技向上。国内外問わないショーの展開。そして、マジシャンの地位向上。マジックは芸能において、イロモノではなく、知的な分野であることを知ってもらいたい。先のマガジン出版もその一環です。

─仕事で大事にしていることは。

責任を持つこと。言い訳をしないこと。プロフェッショナルであること。そして、できれば多様性を持つと強いかもしれない。震災でエンターテインメントの自粛がされた一時期も、困らずに済んだのは、用具製作のオーダーが減らなかったからです。見せる仕事がダメでも、さらに用具製作がダメでも、次は映画や舞台のマジック監修がある。仕事に多面的な展開があるというのは、リスク分散にもいいかもしれません。

MAGUS氏の自宅に設営されたスタジオ。書棚にはマジック関係の蔵書とマジック・アイテムがぎっしり並べられている。スタジオでは教え子のプリマベーラとの稽古やマジック製作なども行う。

─ムサビで学ぶ学生にメッセージを。

なんでもやろうと思ったことは途中で諦めずに継続することです。僕は30代のとき、自分が目指す高みにはとても到達できないかもしれないと思い悩み、まったく違う仕事をしていた時期があります。でも、仕事って辞めないと、意外となんとかなる。遠回りがのちに役立つこともあるけれど、辞めないで頑張っていれば、やはり目標に到達するのも早いです。
僕は父親が税理士で、後を継いで欲しかったらしいけれど、継がなかった。その後も「帰ってこい」と何回も言われましたが、テレビのマジック特番に出演するようになったら、さすがに何も言わなくなりました(笑)。継続こそが命です。頑張ってください。

編集後記

実はMAGUSさんとは同級生だ。当時いちばん大きかった4号館の教室で、講義に耳を傾けながらも、コインを親指と人差し指の間から薬指と小指の間まで順番に渡していくのを隣で見たことがある。いつでもどこでも手品の道具に触っていた彼が、世界を舞台に活躍する人物になるのは必然だろう。二十数年ぶりに再会し、自分のいる業界のボトムアップをしたいという姿勢に心打たれたインタビューだった。

ライタープロフィール

堀 香織
1992年度 武蔵野美術大学造形学部 油絵学科卒業
鎌倉市在住のライター兼編集者。石川県金沢市生まれ。雑誌『SWITCH』の編集者を経てフリーに。人生観や人となりを掘り下げたインタビュー原稿を得意とする。毎月、雑誌『Forbes JAPAN』で執筆中。ブックライティングの近著に映画監督 是枝裕和『映画を撮りながら考えたこと』『世界といまを考える(全3巻)』、横井謙太郎・清水良輔共著『アトピーが治った。』、落語家・少年院篤志面接委員 桂才賀『もう一度、子供を叱れない大人たちへ』など。
http://forbesjapan.com/author/detail/296