全国各地で活躍するマウジン2018 平井 俊旭地域ブランディングディレクター/雨上株式會社 代表取締役社長

平井 俊旭 (ひらい・としあき)
1992年度 武蔵野美術大学造形学部空間演出デザイン学科卒業

1969年、神奈川県生まれ。ムサビ卒業後に助手を4年間務めたのち、インテリアデザイン設計事務所「スーパーポテト」での勤務を経て、2001年、スープ専門店チェーンSoup Stock Tokyoを運営する「スマイルズ」に入社。デザインディレクターとしてブランドグラフィックや店舗デザイン、食器類のプロダクト全般を手がける。2014年12月に「雨上(あめあがる)株式會社」を設立。2015年7月より、滋賀県高島市を拠点に地域ブランディングディレクターを務める。

民間企業で得た知見や経験を、次は地域活性に活かしたい

地元有志による取材記事で高島市の魅力を発信してきたウェブサイト「高島の食と人 〜3つの◯◯〜」。3年目はダイジェスト版としてフリーペーパーにまとめた。

─地域ブランディングに関わるようになったきっかけは

2001年、Soup Stock Tokyoを運営する「スマイルズ」に転職し、一歩間違えると潰れてしまいそうだった会社が100億円企業に成長するまでの過程を、デザインディレクターとしてつぶさに見てきました。そこで得た知見や経験を、今度は地域活性に活かせないかと考えたことがきっかけです。
2010年ごろ、Soup Stock Tokyoでも使っているごく一般的な木材が、実は海外から違法に流入している可能性があることを知りました。食材に気を使う企業であれば、木材だって気を使いたい。そこで三重県の速水林業が主催する林業塾に参加し、新店舗には国産の木材を積極的に使うことにしたのです。
その林業塾で、岡山県西粟倉村で林業を主軸にした町おこしをされている牧大介さんと知り合います。牧さんは西粟倉村のブランド構築、マーケティング、商品販売から移住支援、ローカルベンチャー支援などを手掛け、数年かけて結果を出してきた方で、当時は高島市で林業6次産業化のコンサルティングもされていました。
高島市は京都から車で1時間足らず。しかも立地的なメリットがあるわりに、地域の良さを発信しきれていない印象でした。もし地域で何かやるなら、ある程度の人口集積がある場所から近くかつ、まだ何もブランディングされきっていないところがいいと考えていた僕にとってはぴったりの場所。そこで、求められてもいないのに高島市のブランディングに関する企画書を作成し、牧さんに高島市の農林水産部長(当時)を紹介してもらったのです。2014年10月のことで、12月には「雨上(あめあがる)株式會社」を登記、翌年4月に高島市に引っ越してきました。その時点では具体的な仕事は何ひとつ決まっていなかったんですが(笑)。

深清水でとれた5種の柿を食べ比べするイベント「柿の試食会」のワンシーン。参加者アンケートによれば、それぞれまったく異なる特徴を持つ西村早生柿(にしむらわせがき)と太秋(たいしゅう)がダントツの得票数で1位と2位に選ばれ、安定感のある富有柿は3位という結果に柿農家の方々も驚いた。

─その後はどのような展開に

おかげさまで2015年7月、市が実施したコンペ「びわ湖高島ブランド戦略推進事業」と「高島市都市部における特産品販路開拓事業」のふたつを受託できました。
前者のミッションは、高島市の多様な地域資源のブランディングを図り、交流人口や定住人口の増加に繋げること。そのため、高島市のオリジナルウェブサイト「高島の食と人 〜3つの◯◯〜」を構築したり、自然と人が共生する魅力的な高島市をよりよく知ってもらうためにプロの里のガイドを育成し、ガイド自身が独自の旅をつくる「サトパス」を企画したりしています。
後者のミッションは、高島市の農林水産物やその加工品を、ブランド力の向上を図り、都市部など市外への新たな販路を構築すること。例えば高島市の伝統的な「醸(かも)し」の手法を化学的に検証し、現代の日常的な食に応用したブランドを立ち上げ、2017年に日本橋高島屋でテスト販売しました。あとは取材で食べたさまざまな種類の柿が驚くほど美味しく、柿の食べ比べイベントを企画したり、商品化したりしています。

1、2年目は、取材や撮影を村の有志に協力してもらい、6町村それぞれのストーリーを3章仕立てでまとめて毎週更新。3年目は映像を中心にした投稿を行った。2018年3月で3年の任期を満了し取材を終えたが、コンテンツは現在も公開中。

─ムサビを選んだ理由は

中2のとき、当時YMOの高橋幸宏のライブを見に行ったんです。客席の照明が消え、音楽が始まり、空中に映像が写し出されて、それがとても衝撃的だった。同時期にサントリー ローヤルのCMにも感動して。アントニオ・ガウディの建造物を背景にイメージ映像が続いた最後、「人を酔わせるのは、いのち。サントリーローヤル」というコピーが語られる。そのふたつの世界観に心打たれ、そういう舞台やCMをつくる仕事に就きたいと思って美大を目指したんです。
ただ、入学後は最悪の劣等生でした(笑)。当時はバブルだったのですが、モノをつくることに疑問が湧いてきて。世の中にはこんなにモノが溢れているのに、何をこれからつくったらいいんだろうとわからなくなった。
4年生のときは「東京のゴミ問題についての考察」をテーマにしようと思い、当然そんな専攻はないから、許可をもらって短大の専攻科の小谷育弘先生のゼミを受けていました。要するにつくることよりも、つくったものがどうなるのかという問題のほうが自分のなかで大きくなってきたんです。そこで東京近郊のゴミ処理場や奥多摩の巨大な谷にあるゴミ集積所を取材し、拾った廃材を工作して料理に見立て、円卓に並べた「煮ても焼いても食えねえな」というタイトルの卒業制作をつくりました。数人の教授から評価してもらえたのはやはり嬉しかったです。

─仕事で大事にしていること

アートは自己内面の表現活動ですが、デザインはコミュニケーションだと思います。誰がデザインしたかというのは重要ではなくて、お客さまに対して価値が伝わるもの、かつブランド的な価値が上がるものを考えることが重要。僕の場合は、必要な要素だけで構成したい。最短距離でこちらの伝えたいことを伝えるのが理想で、なかなかうまくいくものでもないけれど、それを目指しています。

“食べ比べる”ことに価値を見出し、5つの違う柿をひとつにアソートした商品「かきくらべ」。

─ムサビで学ぶ学生にメッセージを

人それぞれ得手不得手があるので、みんなが一律こうでなくてはならないということはない。大学の授業や課題を未来のエンジンにする人がいてもいいし、僕みたいにそう思わなくても学びは常にそこにあります。思うに大学というのは寄り道で、例えば高校からすぐに就職してもいい。それをあえてせずに遠回りをするということは、世の中を客観的に、俯瞰して見て、価値観を大きく広げることのできる大切な時間ではないかと。柔軟に吸収していく時期として捉え、やりたいことを見つけられたらいいですね。

編集後記

平井さんとは同じ4年間をムサビで過ごしたことがわかり、課題に対して何を思うわけでもなかった自分と比べてなんと視点が違う人だったのだろうと感嘆した。現在の地域ブランディングディレクターという職業は、東京のゴミ問題を卒業制作のテーマに選んだときすでに萌芽していたのだと思う。「自分が社会を構成しているひとりの人間であり、自分ひとりではなく社会全体の幸せを目指そうとしている人」という印象だが、決して頑なではなく、柔軟かつユーモアがあり、つくるもののセンスの良さに説得力があった。取材は3時間に及び、その半生は面白いことばかりで、すべてをここに記せないのがとても残念だ。

ライタープロフィール

堀 香織
1992年度 武蔵野美術大学造形学部 油絵学科卒業
鎌倉市在住のライター兼編集者。石川県金沢市生まれ。雑誌『SWITCH』の編集者を経てフリーに。人生観や人となりを掘り下げたインタビュー原稿を得意とする。毎月、雑誌『Forbes JAPAN』で執筆中。ブックライティングの近著に映画監督 是枝裕和『映画を撮りながら考えたこと』『世界といまを考える(全3巻)』、横井謙太郎・清水良輔共著『アトピーが治った。』、落語家・少年院篤志面接委員 桂才賀『もう一度、子供を叱れない大人たちへ』など。
http://forbesjapan.com/author/detail/296