全国各地で活躍するマウジン2019 松本 麻里乃村工藝社クリエイティブ本部デザイナー

松本 麻里 (まつもと・まり)
乃村工藝社クリエイティブ本部デザイナー
(1991年[1990年度]武蔵野美術大学造形学部空間演出デザイン学科卒業)
東京都生まれ。1991年、武蔵野美術大学造形学部空間演出デザイン学科を卒業後、株式会社乃村工藝社に入社。美術館や博物館などの展示デザインに携る。2015年、「未来の子どもたちのための場と仕組みをつくる」をコンセプトに、空間づくりと育児の経験を活かしたプランニング、デザインの提案、産学連携の調査研究を行うTeamMを発足(「M」はMotherとMovementに由来)。同年、第9回キッズデザイン賞「優秀賞 男女共同参画担当大臣賞」を受賞。
社外活動では美術館を拠点にした美術鑑賞ファシリテーション、アートイベントの企画・実施などを行っている。
共著に仲綾子+TeamM乃村工藝社編著『こどもとおとなの空間デザイン』(2018年/産学社刊)、執筆協力に東京都美術館×東京藝術大学 とびらプロジェクト編『美術館と大学と市民がつくるソーシャルデザインプロジェクト』(2018年/青幻舎刊)がある。
TeamM WEBサイト:http://www.teamm.jp/

子どもと一緒の大人たちが「歓迎されている」と感じる場所を、デザインの力で創造する。

─ムサビを選んだ理由は?

両親が舞台俳優だったんです。母は結婚を機に芝居を辞めましたが、子どものころから母に連れられて劇団四季に所属する父の舞台を観に行っていました。高校2年生のとき、進路が決まらず悩んでいたタイミングで、普段は仕事の話をまったくしない父が「今度(自分が)出演する舞台の美術、めったに見られない素晴らしいものだから、しっかり見ておくといいよ」と言って。演目は『ロミオとジュリエット』。イギリスの美術監督ジョン・バリー氏による舞台で、本当に素晴らしかった。それまでは「面白いお話だったな」「音楽が素敵だったな」という感想しかもたなかったのですが、新しい扉が開いたというか、「舞台美術はチャレンジしがいがあるかもしれない」と思い、当時、唯一舞台美術を学べる場所であったムサビの空デに進みました。

─ムサビで印象深い授業は?

例えば、オペラ『カルメン』の美術を考えなさいとか、NHKの朝ドラのシナリオを渡されて、そのセットを考えなさいという授業は面白かったですね。自分で演目を決められる課題もあって、1976年に日本でも公開された『カッコーの巣の上で』をムサビの10号館を使って行う、というプランを提出した記憶があります。シーンごとに10号館のいたるところを舞台に見立て、俳優も移動する、それにあわせて観客も移動してその都度周りを囲むというアイデアを、講評で褒めていただけたような……。あれはいまでもムサビでぜひやってみたいですね(笑)。

東京本社4階にある「RESET SPACE」。仕切りのない開放感あふれる600㎡の空間が、床材の工夫によって5つの異なるコンセプト(体を動かす・会話する・くつろぐ・集中する・飲食する)でゾーニングされている。空間づくりのプロフェッショナル集団ならではの新しいオフィス空間の提案だ。

─卒業後に乃村工藝社に入社。目指した舞台美術とは違う仕事ですが、どのようなやりがいが?

舞台美術ができる整った組織で、やりがいをもてそうと思ったのは劇団四季しかなく、一方で父がまだ所属していたので、入ることは考えられなかった。それで、舞台にこだわらずに空間デザインへと間口を広げたら、乃村工藝社を知ったんです。採用直後は仕事で通用する図面なんてまだ描けなかったから、だいぶ苦労しました。例えば、水族館のペンギンの水槽の中に擬岩をつくるというプロジェクトで、粘土でできた模型を山の等高線を描くように図面にするとか。それで、岩を一生懸命描き終えると、「ペンギンが卵を生む巣箱が必要だから、巣箱の位置を描きなさい」と。え〜、巣箱の位置ってどう決めたらいいの?って(笑)。でも、いま思えば先輩方にイチから仕事を教えていただいて、毎日が新しいことの連続で、楽しかったですね。

「RESET SPACE」について詳しく書かれたフリーペーパー

─松本さんが立ち上げたというTeamMについて教えてください。

2014年冬、社内新規事業アワードで育休復帰社員のスキル活用を骨子とした案を提出したところ、事業の可能性を認められたんです。それで本格的に事業化に着手するため、翌年に育休から復帰した社員5名によってTeamMが発足。商業施設のベビー休憩室や子どもたちが遊べる共用部空間、学童保育、博物館での子ども向けの展示室など、安心・安全・快適に子どもと過ごせる空間づくりのプランニング 、デザイン、ワークショップ、ファシリテーションを実践しています。

活動を始めたころは、商業施設のお手洗いやベビー休憩室は、機能的ではあるけれど、ホスピタリティ的な視点が少なかった。例えば、ベビー休憩室はおむつ交換台と調乳器が同じエリアに設置されていることが多いのですが、母親からするとトイレと食事を同じ場所で行うことは抵抗がある。それで衝立を立てるとか、別室にする提案などをさせていただきました。授乳室も壁紙を明るいものに変えたり、兄姉も一緒に入ることも多いので椅子を少し大きなものにしたり。外出先で「歓迎されている」と思える空間をデザインの力で増やすことによって、育児中の保護者の方の外出機会を増やし、育児に追われて社会から孤立化しないように、日常の大変さを少しでも緩和できたらと思ったんです。

現在はTeamMという特別な部署があるわけではなく、40人近く育休復帰者がいるので、プロジェクトごとに部署横断の形で活動しています。今後はオフィス空間における家族の居場所なども視野に入れています。

─今後の展望は?

空間デザインを本当に必要としている人たちになかなか届けられていないという実感があるんですよね。例えば医療や福祉施設──病院、介護施設、児童館や児童養護施設など、子ども大人も、もっと社会から歓迎されていると感じられる空間に変えていけたらと。特に子どもたちに向け、「自分は大事にされているんだ」と実感できる空間のデザインを通じて、少しでも自己肯定感を高めてもらえればと思っています。

─最後にムサビで学ぶ学生にメッセージを。

良くも悪くも学生時代は準備期間だから、なんでもチャレンジしてほしい。アンテナが立ったら臆せずチャレンジする、という習慣を学生時代に身につけておくと、将来役に立つと思います。また、いま自分が苦労しているのであえて言いますが、課題提出や人との約束など、時間は守ったほうがいい(笑)。社会に出るととても大事になるので、ぜひその癖もつけてほしいです。

─編集後記

「空間」は、デザイナーの才能を発揮する作品に終わってはならず、使う人が居心地よく快適に過ごせるかが重要であり、それはデザインの力でいかほどにも変容可能なのだとあらためて気付かされました。また、ご両親の俳優業を「第一次産業」に喩え、働く姿を日常的に見せてくれたことが自身の未来を導いてくれた、という話も印象的でした。
取材:堀 香織(92学油卒/フリーランスライター兼編集者) 撮影:野﨑 航正(09学映)

ライタープロフィール

堀 香織
1992年度 武蔵野美術大学造形学部 油絵学科卒業
鎌倉市在住のライター兼編集者。石川県金沢市生まれ。雑誌『SWITCH』の編集者を経てフリーに。人生観や人となりを掘り下げたインタビュー原稿を得意とする。毎月、雑誌『Forbes JAPAN』で執筆中。ブックライティングの近著に映画監督 是枝裕和『映画を撮りながら考えたこと』『世界といまを考える(全3巻)』、横井謙太郎・清水良輔共著『アトピーが治った。』、落語家・少年院篤志面接委員 桂才賀『もう一度、子供を叱れない大人たちへ』など。
https://note.mu/holykaoru/n/ne43d62555801