デザインで世界の価値を塗り替える
柴田文江 インダストリアルデザイナー

柴田文江「デザインで世界の価値を塗り替える」

ナカサアンドパートナーズ
Nacasa & Partners

私がデザインしたもので言えば、京都のカプセルホテル9h(ナインアワーズ)も、新しい価値の創造にチャレンジした事例です。カプセルホテルというと、あまり良いイメージを持たれない方もいるかもしれません。安宿というイメージを持つ方もいらっしゃいますし、私自身も縁がないと思っていました。だからもし、急に帰れなくなり、どこかに泊まる必要が出てきたときなど、少なくとも選択肢の1つになるようなものにしたいと考えたんです。お金がないから選ぶというのではなく、今日はここがちょうど良いから選ぶというように、これまでにない価値を提供するホテルへシフトさせたかった。

9hについて、「今日、9hに泊まった」なんてことをみなさんが言ってくださるんです。出張先で、「今日どこに泊まっているんですか?」と聞かれたとき、「カプセルホテルです」とは答えづらい方もいると思います。でも、口に出せるということは、従来のヒエラルキーとは違う価値観が創造されたのだと言えるのではないでしょうか。確かにお金の力や高価な資源の力を使えば素晴らしいものができるかも知れませんが、私はそれだけに頼らない、デザインの力を明らかにしていきたいと思っています。

本当のデザイン力が試される時代に

最近の仕事は、単純にモノのデザインをするというだけではなく、そのモノを作っている会社の理念、モノがもっているサービスやシステム、価値といった背景を整理し、しくみを考える仕事が多くなっています。そもそもメーカーにとってブランディングというのは、モノそのものであるべきだと、私は思っているんですよね。従来のブランディングでは、CMやタレント、ロゴなどで作られていくことが多いと思いますが、本来は商品自体に企業の理念や歴史、大事にしている技術などが表出するように作るというのが、一番正しいブランディングだと思うんですよ。だから、仕事を始めるときは、クライアントの本当の姿を見定めることに注力します。

オムロンの体温計をデザインしたときもそうでした。オムロンは家庭用医療機器に特化した会社なのですが、医療機器というと病院に置いてある機器のイメージがして、家庭にあまり馴染みがないような、ちょっと近寄りがたい雰囲気を感じていました。でもオムロンという会社は、非常にユニークで柔軟性のある会社なんですよ。そもそも家庭用医療機器というのは、病院の医療機器と違い、予防医学の機器として日常的に使われるものでなくてはいけないはず。だから、ドクターというより母のような優しいイメージでなくてはならないと思うんです。そう考えてデザインしたのが、あの体温計。この考えが消費者に受け入れていただけた結果、多くのユーザーが体温計を見て、オムロンという会社について実像の通り信頼感や安心感、親近感をもっていただけたと思っています。

こう言うとブランディングをしているように聞こえるかもしれませんが、実はブランディングという言葉は好きではありません(笑い)。だから、今はその代わりになる言葉を探しています。これからインダストリアルデザイナーを目指す皆さんに一つだけ理解していてほしいのは、本当のデザイン力が試される時代が来ているということです。確かに、ちょっと勉強したら誰でもなれるような職業ではありませんが、デザインには未来を開く大きな可能性があると私は信じています。デザイナーを目指している皆さんには、その気づきとなる何かを本気で学びとって欲しいと思います。

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