いま見つめる伝統、復興、大和心
内館牧子 脚本家

内館牧子「いま見つめる伝統、復興、大和心」

例えば、朝青龍は「勝ちゃあいいんだろう」という態度があからさまでした。これは、ある意味で正論なわけよね。単純にスポーツなら。だけど、神事でもあるわけだから、そんな精神でやってもらっては困るんです。だから、この4つを理解せずに21世紀仕様で相撲界の復興を考えると危険ですよ。いずれ、髷は止めようとか、裸は野蛮だからトランクスを履けばいいとか、体重別にしようとかに行きつくでしょうね。相撲のことをよく知らず、関心もない人が意見を言っていますが、メチャクチャな提案がいっぱい出てきます。もし、それらの意見を組み入れたら、もはや相撲ではないですね。まったく別ものになるでしょう。S-1なんて、名前がついたりしてね。

その意味で、白鵬は4つを非常によく理解していますね。相撲史にも詳しい。ただ、それによって、連勝がストップしたのかもしれない。相撲史を知っていればいるほど、双葉山の偉大さがわかる。白鵬はおそらく、双葉山の記録という不可侵な領域に足を踏み入れなくてはならないということに、畏れを感じていたのだと思うんです。結局、彼は相手に敗れたのではなく畏れと闘って、それに敗れたと、私は思っています。

美大生としての気概をもって

ムサビに入学したとき、私は最初、強烈なカルチャーショックを受けました。これは、美大としてすばらしい学風だと思うのですが、学生がまったく枠にはまっていない。世の中の人と価値観がまるで違うんです。例えば、誰が見ても青色のものを、見ようによれば黄色に見えるなんて言う。話をしていても「こういうことを考えてレンブラントの絵を見てるのか」など、驚くようなことばかりで、その発想力や着眼点に圧倒されました。

元々、私は体制派でヒエラルキーの頂上に価値を見出し、常識的で、大企業の安定が好きな人間でした。そういう価値観で18年間を過ごし、ムサビに入ってきたわけですから、周りの学生たちのことをまったく理解できません。しかし、そういう枠にはまらない人ほど、キラキラとした独特のきらめきをもっている。さらに、そういう人は枠にはまっている人間をもちゃんと評価できる目をもっている。この深さと広さは、クリエイトしていくうえで非常に重要な感性ですよね。そういうことを最初はまったく理解できなかった私がムサビで鍛えられ、だんだんと分かるようになっていきました。今、脚本家として、私はムサビに入って本当によかったと思いますよ。もし、あの時代に40倍の激しい競争に勝ち抜いて難関大学の文学部に入り、怖いもの知らずのまま狭い価値観で生き続けていたなら、もっと嫌な奴になっていたでしょうね(笑い)。

学生にはそういう美大生ならではの資質に自信をもってほしい。また、ある先生が「君たちはムサビを出たというだけで、世の中で一目置かれるんだぞ。なぜなら一般の大学は国立の名門大学を頂点にして、それぞれ大学の偏差値で評価される。だけど、ムサビはそういう基準で見られることはなく、独自のセンスとして評価されるんだ」と仰っていました。これには納得してしまった。学生たちにはぜひ、ムサビ生としての強さと気骨をもってほしいですね。

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