社会のために、広告ができること
中島信也 CMディレクター
天才といえば電通におられた佐藤雅彦さん(現東京芸術大学大学院教授)なんかもそうです。彼らは凡人には思いつかないことを思いつきます。まるで、天から頭の中に何かが降ってきている感じ。だから、僕たちの仕事は彼らの考えをしっかり理解することから始まります。例えば、佐藤さんのアイデアで一番困ったのは「チンパンジーが日本語喋ったらビックリしますよね。それをやってほしいんですけど」と言われたとき。当時はCGもなく結局要望に答えられませんでした。また、天才たちは「お茶の間」の視点をすごく意識する。当たり前のことなんですが作り手の中だけで盛り上がりがちなのが制作現場。常にお茶の間を意識しなくちゃいけないんだ、ということを彼らから学びましたね。
広告を通して、世の中のことを考える
僕たちの仕事は結局、自分たちの作品を見せているのではなく、広告主とCMを見ている視聴者との関係を作っているのだと思っています。これを、僕は「コミュニケーションを作る」と言っています。目指しているものは、そのコミュニケーションの質を高めていくことなんです。大げさに言えば、その質を高めることによって国も豊かになると考えています。
例えば、明治大学文学部教授で教育学者の齋藤孝さんは、「テレビCMというのは、視聴者に対して教育的な役割を果たしている」とおっしゃっています。最近の僕の監督作品で言うと、サントリーの伊右衛門のCMでは、マナーの先生や京都の作法の先生などに指導を受けながら作っています。そのため、視聴者は日本の作法や伝統文化のようなものを映像を通して学び、引き継いでいるんですよね。齋藤さんがおっしゃるには、文化の道を表しているということです。広告というものには、そういう価値や責任があると思っています。
しかし、広告主にとってみれば、文化的な役割うんぬんではなく、インパクトのある衝撃的な映像で商品の認知度を上げ、ひとつでも多くの商品を売りたいという気持ちがあるでしょう。でも、そればかり求めていては、なかなか尊敬される企業にはなれないのではないでしょうか。目先のものだけを追いかけるのではなく、企業とユーザーの関係の質を高めることが大事なんだという思いを、広告主と共有したいですね。
こういう問題意識はムサビ時代から持ち続けてきたものです。ムサビの学生に限らず、これから広告業界を目指す人たちにも、常にこういう問題意識を持ってほしいですね。とくに広告という仕事は社会との関連性や影響力が強いわけですから。人間はどう生きていけば幸せなのか、世の中がどうなっていけばみんなが幸せになれるのか、といったことをいっしょに考えていきたいです。