龍馬に現代のリアリティーを
山口類児 NHKチーフ・ディレクター
このときは、メガバンクの頭取の部屋を見せていただいたり、外資系投資ファンドの会議室におじゃまさせていただいたりして、その空間だけが持っている気配、匂いといったものを感じとり、それを再現しました。頭の中だけで考えるのではなく、実際の風景だったり、会話だったり、絵や写真だったりと、さまざまなものからヒントを得て、そこからイメージを増幅させていくというのが私の好きな仕事のやり方です。
現在は2012年放送予定の大河ドラマ『平清盛』の制作のため、各地を回って取材しています。清盛の生きた時代、平安時代を描いたドラマというと、雅(みやび)な絵巻物のような雰囲気で描かれることが多いと思うのですが、今回の平清盛では人々の生き抜く力、エネルギーに溢れた生活そのものに焦点を当てたワイルドな雰囲気のドラマを目指しています。無頼で剛毅な青年が海賊たちを束ね、まるで海賊王のように、のし上がっていく平清盛をぜひ楽しんでほしいと思っています。
ムサビ時代の気付きと今の学生に思うこと
ムサビ時代はずいぶん自由な時間を過ごしたので、今でも疲れて眠りにつくと、単位が足りなくて卒業できないという悪夢を見たりします(笑い)。当時は『限りなく透明に近いブルー』や『スローなブギにしてくれ』に描かれた世界に憧れ、自宅がムサビに近い府中にあるにもかかわらず、立川の米軍ハウスに住んでいました。そこで仲間とアーティスト村と称し、学生らしからぬ生活を満喫していました。ただ、その罪滅ぼしではないですが、ムサビで出された課題にはまじめに取り組んでいたつもりです。
ムサビのいいところは、先生方がこうでなくてはならないだとか、権威的な目線で学生に接しないことですね。相談にのっていただくと、こういうものがある、こういうものを観るといいなどと、狭い知識を補うようにしっかりと導いてくれました。その中で印象的だったのが、先生に絵はもういいと言われたこと。私は絵が上手くなりたいから指導を仰いだのですが、先生は「絵のスキルは十分だ」とおっしゃってくださいました。先生は、これだけ描ければ考えていることを人に伝えられるし、プレゼンもできる。だから、今度はその絵の中にどういうメッセージを込めるのか、どういう視点でものを考えていくべきかということに力を入れなさいとおっしゃってくださいました。
近年、就職戦線がかなり厳しいと言われていますが、美大で学んだことは様々な分野で役立つと思います。美術を理解してデザインができるというのは大きな武器になります。社会とデザインには密接な関係があり、どんな分野の仕事でもビジュアル化するという作業は必ず求められますから。ただ、私も採用活動に携わって感じるのですが、最近の若者はちょっと大人しすぎるのではないでしょうか。採用する側にとってみれば、デザイン部なのでビジュアル化するスキルは最低限必要だとしても、美大生に限らず、理系、文系を含めて大人しさよりも際立った個性を見せてほしいと思っています。