ネオ漫画が切り取る普遍の世界
横山裕一 漫画家
ひたすら土木作業が続いていく「ニュー土木」、目的地不明の鉄道旅行「トラベル」など、不思議だが圧倒的な世界観をもった漫画を世に送り出してきた横山裕一。印象深い擬音語と、等間隔の時間描写。ストーリーはなく、キャラクターの顔にも表情が見えない。読んだ者に強烈なインパクトを与え、後には例えようのない感覚を残していく横山の「ネオ漫画」は、既成概念を塗り替えたとして評価が高いが、当初からの狙いではなかったという。
Profile
- 横山裕一(よこやま・ゆういち)
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武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。漫画家。自ら「ネオ漫画」と評するイラストレーションは、国内外で高く評価される。主な著書に『ニュー土木』(2004年)、『トラベル』(2006年)、『NIWA』(2007年)、『ベビーブーム』(2009年)、『アウトドアー』(2009年)『カラー土木』(2011年、すべてイースト・プレス)がある。2010年に、初の大規模個展となる『横山裕一 ネオ漫画の全記録:わたしは時間を描いている』(川崎市市民ミュージアム)を開催。2011年9月から個展『カラー土木』(ナンヅカ・アンダーグラウンド 白金)が開催される。
現代美術の世界で味わった敗北と、新しい世界
ムサビを卒業してから漫画を描き始めるまでの約8年間は、現在の自分の姿を想像すらしていませんでした。当時はNHK学園の通信教育で、受講者に水彩画を教えるアルバイトをしていたのですが、そのときは受講者から送られてきた水彩画を添削して、1作あたり500円の報酬をもらっていました。しかし、収入は多い時でも月に約8万円。少ないときには1万5000円ほどで、かなりの極貧生活でした。食べ物も大量に茹でたパスタにマヨネーズをかけただけのものだったり。1日の食費はせいぜい200円でしたね。
そんな生活をしながらも、現代美術の世界で生きていきたいと思いが強く、ペンキでベニヤ板に絵を描き続けていました。なぜペンキかというと安いから。広い面積を塗るのに一番安い画材はペンキなんです。ベニヤ板に描いていたのも安いことが理由。例えば、90cm×180cmのキャンバスで油絵を描いたら10万円くらいのコストがかかるんじゃないかな。でも、ベニヤ板にペンキだと2000円程度なんです。描いた作品はコンクールに出品していましたが、車を持っていなかったので電車で搬入して申し込み料を払ってくるんです。それから一週間すると「選外」と書かれたハガキが届く。それを繰り返すこと24回。さすがに嫌になり、あきらめました。完全な敗北宣言です。
そんなとき、友達に「イラストレーション(玄光社)という雑誌があるから、こっちのコンクールに応募してみろ」と言われたんです。そのときは現代美術をやってきたというプライドから、「イラストなんて描けるはずがない」って思いました。でも、応募してみたら今度は一発で合格。仕事のオファーも来るようになったので、イラストで食べていこうと決心しました。
普遍的なものの中の不思議を表現するために
『ニュー土木』
(イースト・プレス社)
漫画家としてのデビューは、イラストの営業の際、ついでに漫画を持って行ったことがきっかけでした。それをコミック・キュー(イースト・プレス社)の編集長をしていた堅田浩二さんが見てくださり、うちで描いてみないかとおっしゃってくださいました。当時からセリフのない、漫画なのか何なのかよく分からないスタイルだったのですが、これは狙って描いていたわけではありません。それまで現代美術をやっていたので、いきなり正統派の漫画なんて描けませんでした。だから、今のスタイルは自然の流れで生まれたものなんです。
人間の顔に表情がないのは、普遍的なものを描きたいから。例えば、能楽はいろいろな場面に対応できるように、意図的に表情を失くしているんだと私は解釈しています。だから、私の描く人物も喜怒哀楽といった感情を表に出すことはありません。そうすることで、何十年先でも受け入れられるようなものになると思うんです。普遍的なものを描いて、その中にある不思議なもの、おもしろさを表現したいんですよ。