株式会社 キヤノン
ゼロから創る、ものづくりの喜び
信乃亨(工芸工業デザイン学科卒業) × 高野盛司郎 (工芸工業デザイン学科卒業)

――どんどん進化していくカメラの未来はどうなっていくでしょうか?

信乃 スマートフォンのカメラで十分と考える人が増えてきたことで、デジタルカメラの需要は高まっているとは言えません。一方でSNSなどの普及により、写真を撮る機会そのものはすごく増えているんです。世界で一日に一億枚とか、そういうレベルの数になってきています。そのため、スマートフォンでは満足できず、もっといい写真を撮りたいと思っている人も増えてきています。そのおかげで一眼レフの需要は好調で、カメラの需要は二極化してきていると思われます。

高野 社会の流れのなかで写真に対するスタンスが目まぐるしく変わってきているなか、PowerShot Nのようなカメラが生まれる一方、一眼レフの需要は廃れていかないのは、キヤノンにとって大きな追い風になると思っています。ですから、こういう高性能なカメラを軸によき伝統は守りつつ、常に新しいものを開発する勇気のようなものは持ち続ける必要があると思っています。ユーザーの「こういうものが欲しかった」という欲求を満たせるようなものをつくりたいですし、それこそがデザイナーの役割だと思っています。

信乃 我々の仕事はまず、直感のようなもので感じた形をスケッチし、それを具現化する過程においてエンジニアの人たちが「これやってみたいね」と言いながら集まってきて、いつの間にか製品になっているという感じなんです。ですから、頭の中で想像したものはほぼ形にすることができます。2年前でも5年前でも、頭の中で思いついたものはいつか実現しているんです。思いついた未来はいつか実現できると思うし、それをいかに可視化するかということが仕事です。

同じ時代に生きるひとたちは、同じようなことを同じような時期に考えているもので、誰が先に製品化するかが勝負、先を越されると「真似したね」と言われてしまいます。Q-PICのときも、これは民生用電子スチルカメラの一号機なのですが、同じような時期にソニーさんがマビカという商品を開発していて、それも従来のカメラの形ではなくQ-PIC同様に横型だったんですよ。やはり、同時代に生きている人間には、同時期に何かが降りてくるんじゃないですかね(笑)。

――これからの未来を背負う、若いデザイナーに必要なことはなんですか?

信乃 現代社会は私たちの時代と違って情報量が多いですよね。溢れすぎていて、どれが自分に必要な情報か分からなくなることも増えました。私の若かった頃はデザインに関する情報を専門誌などで得ていたのですが、今はパソコンで検索すれば大量の情報にアクセスすることができます。これはすごく便利なことですが、その反面、自分にとって重要ではない情報も氾濫しています。ですから、情報に惑わされるのではなく、実際に見たり触れたりして、自分の目と感覚で信頼できるものを見つけるようにするのがよいと思います。

高野 おっしゃる通りだと思います。デザイナーというものはいろいろな情報の中から、これだというものを選択、整理してまとめあげなければならないので、情報に惑わされてはいけません。今後、ますます情報との接し方が重要な時代になると感じているので、しっかりと自分の感覚で選べるような選択眼を養うという意味では、学生のうちに多種多彩なものに触れたり体験したり、いろいろな友人や先生と話をして、価値観を確立してほしいですね。

――本物を見極める目を養うことができることも美術大学ならではのことだと思いますが、この時代に美術大学で学ぶ意義はどういうところにあると思いますか?

高野 私が感じているのは、美術大学出身者はバランス感覚に秀でているということです。美術作品は、形はもちろんすべてにおいてバランスが整っていなければいけません。それには、人とのバランスや物事を判断するときの価値観のバランス感覚なども必要で、そういう能力をもつ人は美術大学出身者に多いように感じています。おそらく美大生はいろいろな課題をこなしていくうちに自然にバランス感覚を磨き、卒業する頃には自分の中に一本の価値観ができているんじゃないかと思うんです。ですから、その軸を元にどんな場面でも適切な判断ができるようになると思うし、美術系の職業に就かなくともやっていけると思うんですよ。私もどんな仕事に就いても、その道のプロとしてやっていけるだろうという自信が、大学生活で身についたと思っています。

信乃 その通りだと思いますよ。美術大学というところには、一般の大学と比べて個性的な人が多いのではないでしょうか。一般の大学はある一定の常識の中から大きくはみ出すことのない人が多数派だと思うのですが、美術大学にはいろいろな方面に尖った人たちが各学科にいるので、その個性を認めつつバランスをとりながら暮らしていかざるをえない状況におかれるんです。そのため、社会に出てさまざまな価値観に出会っても対応できると思うんです。

また、わたしたちのようなメーカーでも、一つ一つの製品に関していろいろな人から意見されますが、最近分かってきたのは、そのほとんどが正しいことを言っているということです。すべての人が自分の価値観の中では正しいことを言っているので、それを理解し、この人の思っていることはこういうことなんだと理解するように努めると、悩まずにいろいろなことにバランスよく対応できるようになると思います。その意味で、個性派ぞろいの美術大学はいい訓練の場となりますし、鍛えられると思いますね。

高野 美術大学に行って専門分野で就職できなかったら、自分は他に何が出来るんだろうと不安になる方もいると思うのですが、そういうのは思い込みですね。学んだバランス感覚や価値観は様々な場所で応用できますし、人間として成長できる場なので社会に出ても自信をもって仕事に臨めます。

――最後に学生へのメッセージをお願いします。

信乃 今は情報量が多すぎて、自分の将来に不安を感じている人もいると思いますが、そんなに不安がる必要はないですよと言いたいですね。結局、自分がなりたい姿を想像していれば、どんな人でも近い姿になれますから、心配しすぎないようにしてください。

高野 私の知っている限り、ムサビの卒業生で魅力的じゃない人って一人もいないんです。活躍している人もたくさんいますし。そういう先輩たちが育った大学ですから、自信をもって大学生活を楽しんでほしいと思います。

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