株式会社三越伊勢丹ホールディングス
ライフスタイルの提案は、ムサビでの学びに通じる
髙橋弥(工芸工業デザイン学科卒業) × 窪田早紀 (工芸工業デザイン学科卒業)
美大から百貨店へ就職するのは珍しいように感じますが、お二人はどんな就職活動をしていましたか?
髙橋 私はムサビ時代、優秀な成績だったとは言えなかったので、デザイナーとして職を得るのは難しいと挫折しかけていました。そんなとき、アルバイト先のデザイナーに「百貨店の仕事はおもしろいよ」と言われたことで興味を持ちました。当時、伊勢丹は美大生枠がなくてムサビに求人広告もなかったのですが、美大生ではない学生と同じように入社試験を受けて入りました。ですから最初は自分が美大出身者であることを活かして仕事に取り組めていませんでしたが、世界中から良い商品が集まってくる百貨店という環境にいるうちに、「もう一度デザインがやりたい!」と強烈に思うようになったんです。そこで、販売現場で働いていた最初の2年間、ずっと「宣伝部に行きたいです」と言い続けたんです。そのおかげで宣伝部に配属されました。店内の装飾をはじめ、いま手掛けているカタログ制作や新聞の折り込みチラシの制作、ウェブサイトの制作など、ムサビ時代に学んだことが生きる場がたくさんありました。そのため、とにかく仕事が楽しくて、今の美大生たちにも「百貨店の仕事って、すごく楽しいよ」と教えてあげたいですね。
窪田 意外かもしれないですが、百貨店には美術やデザインを学んだ人の活躍の場は本当に多いですよね。私が就職したときは三越と伊勢丹の統合の過渡期で、三越が数年ぶりに美大生枠を設けた時期でした。そのため、三越の人事の方がムサビに説明にいらしたのですが、そのときも「百貨店には美大の卒業生が活躍できる場がたくさんある」とおっしゃっていました。私はこの言葉を聞いたのがきっかけで三越を受けたわけですが、もともと百貨店には興味を持っていたんです。最初に興味を持ったきっかけは、銀座の各店のショーウインドウを提案するコンペに参加したことでした。このときは、空間演出デザイン学科の友人の誘いに応じて参加したのですが、私たちが考えたのは呉服屋さんのショーウインドウだったので、テキスタイル専攻の私にはピッタリなテーマにもなり、非常に楽しく活動できました。呉服屋さんの話を聞きながら、それに応じた提案をしていく工程が楽しくて、こういうことが仕事にできたらいいのにと思っていました。このような、お客様のお話を伺って問題点や課題を浮き彫りにし、その解決策となるデザインを提案するということはムサビで学んだことと同じで、百貨店の仕事でも、「お客様のためにこういうものを創ろう」とか「こういうライフスタイルを提案しよう」と考えていくわけですが、これらのことはすべて、ムサビ時代にも考えさせられてきたことと同じであり、そこで学んだことがすごく生きていると思います。
髙橋 たしかにムサビ時代の学びで役立っていることは多いですよね。例えば、仕事でアーティストやデザイナーとお話することは多いのですが、彼らの話の中で自分がデザインを学んだことのある人間だからこそわかるということがたびたびあります。また、宣伝・広告という仕事のなかで、アーティストやデザイナーに仕事をお願いする際、人によっては「とにかくいいものを創ってください」というリクエストをする人もいますが、自分が何をしたいのか、どういうものを創りたいのか、しっかりした完成予想図を頭の中に浮かべながら、個々の部分において的確なアドバイスを求めたりリクエストができるのも、美大出身者の強みだと思います。
いま仕事で関わっているアーティストやデザイナーにはムサビ出身者が多いんですよ。私は密かに「マウジン族」と呼んでいるのですが、ムサビ出身者というだけでチームワークが生まれ、いいコミュニケーションがとれているので、これもムサビでよかったなと思うことの一つになっています。
窪田 たしかにムサビ卒業生と仕事をする機会は多いですよね。また、ムサビ卒業生のなかにはおもしろいことを考えたり実行している人が多いので、そういう人やその活動に積極的に関わることも大事だと思います。先ほど髙橋さんが話されていた「運のいい人」ではないですが、そういうおもしろい人たちのなかで刺激を受けながら成長できるということは、すごく幸せなことだと思います。
そんな楽しそうな仕事のなかでも、とくに思い出深い仕事はありますか?
髙橋 最近のものでは、一昨年にリモデルした伊勢丹新宿店の広告に関する仕事ですね。このときは、新聞の折り込みチラシやカタログなどを作り、そこからウェブサイトと連動させながら伊勢丹新宿店の魅力をお客様に訴求していったのですが、新宿店全館の営業部と打合せをし、どのお店のどの商品をどういう形で見せていくかまで含めてすべてに携わり、非常に大変でしたが、満足感のある仕事になりました。
また、これと似たものでは、JR大阪三越伊勢丹店のオープン広告もやりがいのある仕事でした。このときは3ヵ月ほどの間、3日間大阪に行って1日だけ新宿に戻り、また大阪へという繰り返しですごくハードだったのですが、勉強になったことが多く、いい経験となりました。このほか、伊勢丹時代から始まり三越伊勢丹になった現在も続く大きなキャンペーンに「オンリー・エムアイ キャンペーン」というものがあるのですが、私は15年ほどこのキャンペーンを担当していた時期があるんです。その15年の間には一つ一つの思い出があるのですが、一番大変だったことは、毎回違うことをやらないといけないということで、つねに違うアイデアを考えることに苦労しました。ただ、百貨店の広告というものはお客様の反応が早く、すぐに数値化されたデータが出きて、広告の効果がすぐわかるという特長があります。これも百貨店の仕事のおもしろさの一つだと思っています。
窪田 結果がすぐに出てきて反省できるからこそ、新しいものができるんだと思いますね。失敗しないと人間は進化できないですから、大事なことはその失敗から何を学ぶかだと思います。