日産自動車株式会社
深く突き詰めることの大切さ
中村史郎(工業デザイン専攻卒業) × 邱 溪 (工芸工業デザイン学科卒業)
これからを担う若いデザイナーに求められることは何ですか?
邱 まずは日本の外に出て、世界を知ってほしいですね。私たちはボランティアで車を作っているわけではなくて、極端に言うと戦争しているんですよ。例えばドイツのメーカーや韓国のメーカーとガチンコで戦っているわけで、それぞれが知恵や技を絞り出して戦っているわけですから、狭いところでものを作っていては分からないことが多くなると思うんですよ。近年どんどん力をつけてきている韓国や中国のデザイナーの情熱やものづくりのこだわりを知り、刺激を受けながら戦ってもらいたいなと思います。
中村 学校と実社会で一番の違いは、学校は勝ち負けがないということだと思います。とくに日本の学校は競うということがあまりないのではないでしょうか。例えば私が行ったアメリカのアート・センターでは、頑張って勝ち残らないと仕事に就けないといった厳しさがありました。その厳しさのなかで耐えてエネルギーに代えられる力とか情熱をもった人は強いと思いますね。
そういう意味では、私は学生時代に音楽をやっていたことはよかったと思っています。音楽の世界ではプロとアマチュアの間にあまり大きな区別がなく、いいものはいいし、悪いものは悪いと評価してもらえるんですよ。学生だって評価されればちゃんとお金をもらえますから。しかし、ダメだと判断されれば「もう来なくていい」と言われてしまう。これは、デザイナーだって同じなんですよ。実社会では仕事を与えてもらえるか、チャンスをつかめるかということは、すごく大事なことです。そのためには、相手から信頼されなければならない。私はよく新入社員に「どんな小さなことでも、相手が思っていることより少し良い結果を出しなさい」と言っています。人が想定していること、期待していることより少し良い結果を出すと、今度また仕事を与えてもらえるし、さらにそこで結果を出すと、次はまたひとつレベルの高い大きな仕事のチャンスが回ってくる。
未来の車社会はどうなっていくでしょう?
中村 未来を予測するというのは難しいことです。私たちも将来を見据えた車を作っていますが、何が正解かというのはあやふやです。そのなかで一番大事なことは、自分たちがしっかりした考え方や信念をもつということだと思っています。デザインを提案するとき、その人の考えていることや信念が見えてくると、人は説得されやすくなりますから。我々もデザインを提案されるとき、そのデザインの良し悪しというのを見ていますが、それと同時に提案している人の信念や、深く考えて提案されたものであるということが見えたとき、やはり信頼が生まれます。逆にその部分があやふやで、考えが浅いと感じたときは、たとえそれが同じものであっても説得されません。だから、借りものではない、自分なりに考え、たどりついた意見をもつことが大事だと思います。
邱 これからますます普及が進むであろうEVやハイブリットにも言えることで、ニーズとは人の生き様など根っこの部分が影響するものであり、そういうものを理解し、深く考えつくした将来のスタンダードを提案しないと、ユーザーに受け入れてもらえるものを作れないのではと思いますね。
最後に学生へのメッセージをお願いします。
中村 なんでもいいから好きなことをやればいいと思います。好きなことをちゃんとやるのは大事なことで、自分の一番好きなことをやっていれば、それに対して言い訳がきかないじゃないですか。音楽でもそうですが、例えば小学校に入る前からバイオリン弾いているがバイオリンしか弾いたことがないという人でも、それを通していろいろなものを学ぶんですよ。だから、浅く広くではなく、まずは狭く深くなんです。学生時代は好きなことがどんどんできる時期だし、あまり大きなことではない、狭い範囲のことでも深く突き詰めて行けば、ものの真実みたいなものが見えてくると思います。「一芸に秀でる者は多芸に通ず」と言いますが、そういうものを早くつかんだ人は強いと思いますね。
邱 考えるクセをつけるといいと思うんですよね。例えばよく、話の中で「なんかいいよね」と言っているのを聞くことがありますが、そういう場合は何がいいのか分からずに言っていることが多いと思うんですよ。それを止めるだけでもちょっと考えないといけなくなりますよね。「なんかいいよね」って言えなくなると、ひとつひとつに対するこだわりとか、定義を考えていくことになるので、自分のもっているデザインの幅も広がっていくと思うんです。
中村 デザインの世界では「なんかいいよね」を「なぜいいのか」に置き換えることは大事ですね。「なんかいいよね」というのは素人の言う言葉で、プロならなぜいいのかをしっかり考えなければならないと思うので、学生の方もしっかり考えるクセをつけることはいいことだと思います。