宮下 勇インタビュー

竹で新たな空間を、
竹で多様なかたちをつくり、
自然と人々を結ぼう
建築学科/宮下 勇 教授
現代建築研究を行う。武蔵野美術大学のガラス工房・共通彫塑実習工房・13号館・2号館などを設計。新たな建築の空間、多様な建築のかたちを研究する。
 

建築の空間・オブジェを見直す
現代建築は主として、素材には人工物を使用しています。もちろんコンクリートなどのように元は自然物であっても、かなり人工的に加工されています。ですが一方、そのような加工した素材を使用している時間というのは、人類の歴史で捉えると非常に短い。元々は大地や木々といった自然物を組み合わせて住空間をつくってきました。その流れの中には人類が忘れてきてしまったものが、ひょっとしたらあるのではないか、という自分への提案がありました。竹に限らず自然物、すなわち加工頻度が低く身の回りにあるもの、でつくり得る空間・オブジェがあるのではないかと思うのです。EDSというのは現代技術の中で、木や竹を加工しやすいようにするものだと思います。そのEDSそのものへの興味も、私がプロジェクトへ関わった動機の一つです。
そしてもうひとつは自然物としての竹への興味です。おそらく自然のものと人間は呼吸が合う、呼応するのではないでしょうか。コンクリートや鉄には有機物にはない強さや加工の容易さなどの魅力がありますが、自然のものが人間と肉体的・精神的な感性が合う素材であるというのは非常に重要なことです。そのような自然物、竹や木などを考える建築の空間・オブジェを一度見直す必要があると思っています。重要なことは何が人間にとって本当に良いのか、考えることです。
学生の皆さんに考えてもらいたいのは、現代の日本はコンクリートや鉄やガラスで囲まれた生活をしていますが、ほんの少し前には今使われている素材の大半は存在しなかった、ということです。コンクリートですらおよそ二百年前から使い始めたに過ぎません。それでもはるか以前より人々は生活していましたし、ひょっとしたら現代にはない豊かさがあったかもしれません。ですがそこには地震や火災など災害への脆弱性がありますから、人間は一生懸命工夫して素材を強化してきました。現代の素材の良い面も悪い面も、もう一度しっかりと見直すと同時に、その根本にある自然素材に目を向け、自分たちの思考の中で整理した上で、どの素材を使うのが良いのか判断して欲しいと思います。また、自然素材が日本では使われなくなっていても、世界に目を向ければまだまだ多くの地域で使用している例もあります。それらも踏まえた上で新しい素材・技術を考えて欲しいのです。

人工のものと自然のものとの調和
ナノテクノロジーなどの科学の先端技術により、これまでとは違った素材の利用法ができるようになる可能性は十分にあります。そのときに人間の生活にとって「良し」とされるものを、発見・発明する必要もあるかもしれません。学生には、そのような領域まで一歩踏み込んで欲しいと思っています。仮に竹が素材改良により鉄筋コンクリートのような強度を持ちうれば、以後、竹が鉄筋コンクリートに取って代わる可能性だってある訳ですから。僕ら建築家やデザイナーにできることは、新しい素材を用いて新しい空間をつくることです。一方、僕らの側から新しい素材への要求を出していくことも、実は使命なのかもしれません。
重要なことは人工のものと自然のものとの調和を考えることです。本来日本の住居は自然を含めた「外部」があってこその住居でした。ですが現在の住居は外部から隔絶された空間として、住居が建っています。そこにはかつてとれていたバランスが失われているようにも感じます。現在問題になっているような地球環境の変化も考慮した上で、自然のもののもつ本来の力を引き出し、かたや進んだ科学や技術との調和を考えることが必要なのではないでしょうか。

想像と創造
今年度の取り組みとして前期では竹が持つ特異性を知ることと、そこから発せられるイメージをスケッチや模型を通して探し出してもらいます。実体験の中にある竹、それは想像も含みますが、と実際の創造へと結びつけるきっかけを得て欲しい。スケッチとは一つのものをつくるためにあるのではなく、それをきっかけにして多様に展開させていくためにある、多くの可能性を秘めたものです。「初手」としてのスケッチや模型ですね。スケッチには各自の体験や知識や創造能力が反映されます。そして後期ではそのイメージを具体物に落とし込んでいく。モデルを5分の1、10分の1、もしくは原寸に置き換えてもらいます。具体的な住居を考えるというよりは、各自の自由な発想を元に新たな空間を考えてもらいたい。住居を考えるとなると、様々なディテールの処理もしなければならなくなります。まずディテールではなく本プロジェクトでは、本質的な想像と創造をして欲しいと思っています。