富士ゼロックス株式会社
人と人とのつながりと揺るがないコンセプト
古郷慎也(基礎デザイン学科卒業) × 扇一行 (工芸工業デザイン学科卒業)

――これまでの仕事のなかで思い出深いものはありますか?

古郷 まずゼロックスという会社は、パロアルト研究所で直観的なインターフェイスとは何かを考え、コンピュータの中にマウスとかデスクトップやゴミ箱アイコンのメタファなど、画期的な概念を生み出してきた歴史をもっており、その原点となる考え方「人間中心のデザイン」というものをずっと引き継いできています。そのため「人のストレスを減らすデザイン」、「人の働き方や社会を支援するデザイン」など、常に人のためのデザインを意識しています。

この考え方がまず前提にあり、私の携わった仕事では、94年に商品化された「Ableプリンティングシステム」という複合機が印象に残っています。この商品は、私が初めて最初のコンセプトの段階から携わったものですが、デジタル複合機としてデジタル技術を“人”の使い勝手という観点で活かせるように検討し、スキャナーとプリンター部が自在にレイアウトでき、狭いオフィスや様々なワークシーンに対応できるようにデザインしました。

 コンセプトやデザインはわかりやすいが実現は難しいとか、設計サイドと衝突するようなことはありませんでしたか?

古郷 もちろん、すごく戦ったよ(笑)。デザインよりスペックを優先すべきだという意見があがったり、なぜデスクの高さとプリンター部の高さを揃える必要があるのかと言われたり。

レイアウト検討は発泡スチロールを削って4分の1スケールのモデルを作り、いろいろな組み合わせを試行錯誤。また、当時はCADなどのソフトウェアがなくドラフターでの手書き図面のため、少しでも設計変更があると、図面は書き直すことも。「もう勘弁してくれ」という感じになったよ(笑)。でも、最終的には営業から「コンセプトが明確で、すごく売りやすかった」と言ってもらえたことがうれしかったね。

 ユーザー視点で作って成功したひとつの例ですね。

わたしの場合は、「DocuPrint コンパクトLEDプリンター・シリーズ」が一番思い出深い商品です。これは富士ゼロックスの中では一番小さなプリンター・複合機で、それまでの商品にはなかったラインナップ。これまでより、もう少しコンシューマー(消費者)よりの商品を作ろうということで立ち上がったプロジェクトなのですが、前例がないですから、いろいろな意味でチャレンジが必要でした。

例えば、従来の商品とは置かれる場所も使われ方も違うということで、根本的なことから考え直さないといけないし、これまですべての商品で統一されていた白と青を基調としたカラーも見直しの対象にしました。ところが、このカラーはこれまで長い年月をかけて作ってきたブランドイメージの象徴的なもので、これを壊すということは大変なチャレンジで、かなり苦労しました。そういった一つ一つの課題に対してトライ&エラーを繰り返しつつ、なんとかものにしていったという意味で、非常に思い出深い商品となりました。また、このときに意見をぶつけあってできた人脈や経験が今に生きており、わたしにとってはターニングポイントになったと思っています。

――ムサビで学んだことで今に生きていることはありますか?

古郷 あまりまじめに大学へ行かなかったからね(笑)。ただ、さっき話した遠藤教授の言葉で「捨てる情報って何かデザインのテーマにならないかな」とおっしゃったのが頭に残っています。あの頃はまだ携帯電話が普及する前でしたが、先生は「これから情報が氾濫する時代になる。そのとき、人々は情報をとりにいくことは考えるけど、捨てることもちゃんと考えないと大変なことになるよ。これをデザインの観点で何かできないかな」とおっしゃったんです。今のようにインターネットで情報があふれている時代、必要な情報と必要でない情報を整理してリフレッシュさせるにはどうすればいいか、ひとつの課題になっていますが、先の社会の姿を予測してデザインアプローチを行っていく、こういうコンセプトをしっかり構築してからデザインを考えるようになったのは、遠藤教授から学んだものだと思っています。

 産学協同プロジェクトで学んだことや感じたことが今に役立っているように感じます。そのときに出会ったプロのデザイナーの方との触れ合いで、よい刺激を受けました。また、同じインダストリアルデザイン専攻のメンバーを中心とした学生時代の仲間とは現在も付き合いが続いており、今でもよきライバルと思っています。当時からお互いに認め合って、悔しがって、磨き合ってきたことは現在に生きていると思います。

――これからの時代を担う若いデザイナーに求められることは何でしょう?

古郷 いまの若者は、大人しいと感じています。ディスカッションの場でも、年長者ばかりが発言しているように感じるので、若手にはもっと積極的に発言してほしいと思うことがよくありますよ。現在は残業規制などがあるせいもありますが、没頭すると徹夜で図面を引いたり、やるとなったらとことん突き詰めてやるということが多かったわたしたちの世代の人と比べると、どこかあっさりしているように感じています。

 もっと表現することを怖がらなければいいと思います。例えば、今の時代はCGとかタブレットやアプリといったツールが進化しているから、考えたことをある程度のレベルなら簡単に表現できますよね。そして人に伝えられる。だから、自分の考えていることをもっともっとアピールすることが簡単にできると思うんですよ。

古郷 ただ、簡単に完成形に近いものができてしまうため、「これがやりたかったことです」と言われても、本当にやりたいことを表現できているのかなと思うことがあるよね。だから、納得していない部分があったらはっきり発言し、もっと激しく意見をぶつけあってほしいなと思います。

では、最後に学生へメッセージをお願します。

古郷 繰り返しになりますが、いろいろな経験をして、実体験を数多く積んでほしいですね。社会に出てからではなかなかできないことがいっぱいありますから、今がそのチャンスです。いっぱい経験して将来、自分のデザインに生かしてください。あと、うちの会社でも、デザインを引っ張っているのは、なんだかんだ言ってもムサビだから(笑)、就職のことは考えずに充実した学生生活を送ってほしいです。

 大学という場をいっぱい利用してほしいですね。大学は人との出会いの場だったり、刺激の場だったり、自分の表現の場だったり、制作の場だったりします。さらに興味をもって見てくれる人も仲間もいます。また、批評や意見もくれるはずですので、そのなかで吸収と発散を繰り返せば、きっと自分の大切な財産になると思います。

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