TOP > 展示会 > 2008年度第11期「美術と福祉プログラム」展示会(実施概要報告)
高橋陽一(取組責任者・教授)
ここには展示会概況の報告書を掲載します。参加者や学生スタッフの感想を含めた全文は『2008年度報告書』に掲載します
(2)当日の概況
スタッフを除く当日の参加者人数は、8日(日)80名、9日(月)29名、10日(火)23名、11日(水)41名であり、4日間合計173名である。これは、受付での記名者のみである。他の学校や福祉・行政・報道関係であると明記があった方が31名、一般・武蔵野美術大学卒業生が61名、武蔵野美術大学教職員が42名、武蔵野美術大学学生が39名であった。参加者数については、2006年度104人、2007年度95人であるから、本年度はかなり増加したことになる。これには学内外の広報を12月から努力したことなどの効果があろう。また、一昨年度、昨年度につづいて2回目の見学に来た個人・機関の方々も少なくない。
(1)展示について
展示は3つの教室を使用して、4日間を通じて11時から17時まで実施した。会場はRoom-A及びBの移動隔壁を取り払って、岩崎クラス(教職総合演習IC)と葉山クラス(教職総合演習IA及びD)の合計3クラス4施設で展開し、Room-Cは杉山クラス(教職総合演習IB)の1クラス2施設の展示を行った。展示は、岩崎クラスが学生1人1点の作品及び小型の説明パネルとグループ別パネル、葉山クラスが数名のグループごとのパネル展示と報告書の提示、杉山クラスはグループごとの紙芝居の展示とビデオの上映という形態である。展示計画は杉山講師のディレクションのもとで清水恒平氏がデザインし、展示設備としては段ボールパネル(横2メートル、縦2メートル30センチで二つ折り)と会場の机を活用して、サイン計画として施設クラス名のバナーや説明パネルを作成した。
また、展示場内で葉山登講師の指導で実施した「造形ワークショップ いろいろ色のフェルト・タペストリー」を再演する形での模擬ワークショップを実施できるよう物資を準備した。この企画には、実際にフェルトづくりをしてくださる参加者が多かった。
学生スタッフには、設営日に『運営マニュアル』を渡し、誘導の仕方、説明の仕方を取組責任者高橋からレクチャーし、参加者からの多様な質問に対して、各自の体験から答えられるように準備を求めた。学生スタッフは説明に当たって、十分な展示説明と臨機応変の対応に心掛けた。参加者の要望や展示見学の時間は様々であったが、1時間を超えて熱心に巡回する方も少なくなかった。昨年の学生スタッフからの意見を受けて、学生スタッフによる対応では、まず来場者にどんな説明の仕方がよいかを見極めて、丁寧に説明するか、むしろ質問されてから対応するかなど細やかな対応をすることに心掛けた。
受付や学外からの来場者の対応については、教職課程研究室の大坪圭輔教授、三澤一実教授、伊東毅教授教職資料閲覧室の吉岡美樹嘱託、赤羽麻希嘱託、石田明子氏と取組責任者の高橋陽一があたった。また新宿サテライトスタッフにも各種の応援を受けた。
(2)クラス別の発表会について
クラス別発表会は、4クラスごとに90分程度として、Room-Eで実施した。各担当教員の考え方に従って内容などは様々な形態を取った。進行としては、高橋取組責任者から教員を紹介し、発表のあとで30分程度の質疑応答時間をもつことに心掛けた。参加人数はそれぞれ10名から20名余りで、日程によっては少ないときもあったが、他大学の教員や、社会福祉施設や社会福祉行政の関係者が多く、また本プログラムに直接に分担していない武蔵野美術大学教職員なども参加して、質疑応答は実りあるものとなった。各クラスの取組については、本報告書でクラス別に詳述するので重複を避けて、概要のみを紹介する。
2月8日の葉山登講師担当Dクラス(あさやけ作業所)の発表では、葉山講師から本年度の概要が語られ、あさやけ作業所A班の学生とあさやけ作業所B5班(エバーグリーン福祉工場)の学生からの発表があった。葉山講師からは、「教える教育」から「支援する教育」への変化を、自らの教育観と社会からの要請を踏まえて説明され、とくに1年間の教職総合演習のなかでのワークショップや記録と表現活動について画像と実物を示して説明がされた。あさやけ作業所A班の学生4名からは、作業所に夏休み中に受け入れた特別支援学校の生徒との交流が語られ、言葉で表現されなくても楽しかったことを本人が家族に語っていたという体験など、障害を有する子どもたちとのコミュニケーションの意義が焦点となった。またあさやけ作業所B5班の学生からは作業所の日常がリアルに語られ、障害者のメンバーが自ら自主性をもってチャイムのない時間の規律をつくりあげた話しなどが紹介され、障害者から学ぶ姿勢が強調された。また、作業所で生産する「こめぬか石けん」を大学の売店で売る計画が進行中であることが紹介された。
2月9日の13時からは杉山貴洋講師担当Bクラス(曙光園、小平健成苑)では杉山講師から画像を使って様々な取組の様子が説明された。介護等体験のいう「体験」の意義を、「体験と理解」「体験と獲得」という言葉から説明し、美術や教育の不可欠なものとしての「体験」を位置づける必要性が強調された。また本務校である白梅学園大学での現代GPの取組、KIDS DESIGN AWARDの受賞、東村山市の保健所跡地を子育てスペースに改造した取組など、杉山講師自らが主導する様々な活動が紹介されて注目を集めた。本年度の曙光園と小平健成苑の学生の活動については、学生が作成した紙芝居が紹介され、さらが学生が紙芝居の上演をした時のビデオが上映され、学生の工夫あるパフォーマンスに会場から笑い声がおこった。こうした紹介の後、杉山講師は、「学生が介護等体験前に書く文章では高齢者や障害者がただ言葉としてだけ記されている。しかし体験の後には自分の言葉で自分のみた一人ひとりを語る。身体障害者や高齢者という言葉があるのではなく、名前のある一人ひとりの存在として体験から理解することが大切だ」と強調した。
2月9日の15時からは岩崎清講師担当Cクラス(小川ホーム)の発表会があった。岩崎講師は、高齢者の入居型の施設の特徴から、外とのふれあいが必要であり、その一方で高度のプライバシーの保護に注意しなければならないという要請などが協調された。受講学生の様子として、義務的に教職課程を履修する者、自ら教職に就職したくて履修する者、教養として履修する者がいると紹介され、とくに教職への志向性が低い場合に様々なフォローが必要となることなどが語られた。実際の演習に即しては、福祉の意義を考える機会、社会福祉施設職員を招いての講義、さらに介護等体験を終えてからの400文字4枚の文章の作成、さらにA3判以下のサイズでの美術作品づくりなどのプロセスが紹介された。学生たちが作成した作品は演習でそれぞれの思いも含めて発表しあうが、岩崎講師からは映像により一つひとつの紹介がなされた。「生命」「死」「コミュニケーション」などの本質的課題に向き合うテーマが設定されている様子など、学生たちの思いが紹介された。
2月10日には、葉山登講師担当Aクラス(やすらぎの園、けやきの郷)の発表が行われ、葉山講師からの説明と、各施設で体験した学生たちの発表が行われた。葉山講師からは、福祉や自立支援の意味など、高齢者施設の課題が紹介された、実際の介護等体験の概要が説明された。けやきの郷の各班のかざりつけをめぐっては、黒く塗った空を描いた絵を壁に貼ると、「戦争を思い出す」「目が怖い」という高齢者の言葉が出て飾り付けを外したケースや、それを教訓に楽しい絵を作成しようとして立体的なケーキを作ると認知症の高齢者が食べてしまい、施設職員が困惑したという実例などが紹介され、経験から試行錯誤する学生の取組が紹介された。ついでけやきの郷3班の学生たちから、うちわづくり、飾りつけなどの活動が紹介され、「実体験での苦労が大切だった」「待ち受けるのではなく、こちらから聴き取る、提案するということが大切だ」「美術の力の意味を感じた」「自分が知る高齢者よりも元気がないと印象を受けたが、こちらが似顔絵を描いたりすると喜んでもらえた」といった感想が語られた。ついでやすらぎの園4班からは、施設の行事のために作成したポスターが紹介され、前年度に上手に似顔絵を描いた人がいて似顔絵を施設職員から提案され不得手で困ったという体験などが語られた。それでも、寝たきりの高齢者の似顔絵を描くことに遠慮を感じたが描いていくと本人が喜んでくれたという経験が紹介された。また、美術によるコミュニケーションの意味、学生から施設職員に相談する積極性の必要などがまとめとして語られた。
(3)シンポジウムについて
2月9日15時から「美術と福祉プログラム―11年間の取り組みから」と題してシンポジウムが行われた。米田俊彦お茶の水女子大学教授・附属学校部長と甲田洋二武蔵野美術大学学長がコメンテータとして紹介され、取組責任者の高橋陽一からまず40分の説明があった。説明の内容は、まず「美術と福祉プログラムの11年間の歩みから」として、1997(平成9)年の介護等体験法の成立、1998(平成10)年度の美術と福祉プログラムの導入、その後の11年間の経緯が時系列をおって説明された。さらに「これから美術と福祉プログラムの可能性」として、ワークショップ論の解明の課題や学校と社会をつなぐ「造形ワークショップ」へのニーズと可能性が強調され、これからの武蔵野美術大学の教員養成の課題などが強調された。このなかで海後宗臣著『教育編成論』1948(昭和23)年から、「陶冶」「教化」「形成」という概念が紹介され、ワークショップの「教化」としての性格が強調された。これらの内容は、本冊子と同時期に制作中の『美術と福祉とワークショップ』としてまとめる予定である。
第1のコメントとして、米田俊彦教授からは、まず1997年度まで東京女子大学に勤めていたころの教育職員免許法改正や介護等体験法の導入が語られ、当時の私立大学が「教科教育法8単位」に抵抗した経緯や介護等体験法の問題点などが紹介された。そのうえで、生得的なものを意味する「教員の資質」の向上という課題設定そのものがもつ矛盾が指摘されつつ、教師の仕事、学生の自己選択の意味などが語られた。そして当時の武蔵野美術大学の活動を見て、「美術と福祉プログラム」が造形ワークショップを中心に取り組もうとしたことを理解しつつ、美術大学だからできる可能性であったと感じたことを、「ずるい飛び道具」というウィットに富んだ言葉で表現した。
第2のコメントとして、甲田洋二学長からは、信州出身の帝国美術学校の創立メンバーたちが自由な信濃教育の影響を受けて育ったことが語られ、現在の武蔵野美術大学の80周年記念事業やさまざまなGPの取り組みに生かされていることが紹介された。さらに、美術教育が学校教育で軽視されている現状が紹介され、美術大学の果たすべき役割が強調された。この具体例として、美術と福祉プログラムの今後への期待や、2008年度に取り組まれた免許状更新講習の試行が挙げられ、美術教員を養成し、支援する大学の責務が強調された。
討議の中では、フロアから「美術と福祉プログラムの成果を卒業生の活動からどう評価できるか」「学習の中で学生がどのような専門知識を得ているか」「学校教員とファシリテータとの関係をどう見るか」などという質問や意見があった。取組責任者からは「介護等体験はあくまで体験で実習ではないから福祉の専門知識や技術の獲得は目的をしないが、教員が生徒を責任を持って指導するためには、同時に一歩下がったファシリテータとしての経験も必要だ」といった説明があった。葉山登講師からは、2単位科目での時間的制約や色彩や造形を学ぶ意義が強調された。
まとめとして、米田教授からは、競争を促す現在の教育政策の中で、大学がその教員養成を通じて学生の主体的な自己選択を保障することの意義や必要が強調され、甲田学長からは教室で何も言わないことで学生に大きな影響を与えた麻生三郎教授から指導を受けた経験談が語られた。
(4)特別講義について
2月8日15時から、及部克人教授(武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科主任教授)による講演「ワークショップ―創造的な対話へ」が行われた。取組責任者から、「及部教授は今年度で定年退任されるが、日本の造形ワークショップの草分けの一人で、美術と福祉プログラムの実施にあたっても多くの協力をもらっている」との紹介があった。この概要は、『2008年度報告書』に詳しく掲載するので、ここでは省略する。
(5)その他の企画について
上述した展示と企画のほか、この展示会を豊かなものとするために小規模な工夫を行った。まず、3つの現代GP、「『いわむろのみらい』創生プロジェクト」と「造形ファイル」と「EDS竹デザインプロジェクト」については、それぞれ2枚程度のパネルと資料配付が行われた。
また、武蔵野美術大学の教育成果を社会に発信する取り組みとして、武蔵野美術大学出版局の刊行物を受付の横で展示したことについても、見学後に足を止めて閲覧する方が多くあった。このブースには常時1名の出版局メンバーが詰めることで、効果的な説明を実施した。
また、第2回外部評価委員会を8日17時に本会場で実施し、外部評価の参考として展示を案内して学生のよる展示説明を行ったことも有意義であった。この概要は、『2008年度報告書』に掲載されるのでここでは内容を省略する。